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      晉 程曉《嘲熱客》

晉 程曉《嘲熱客》


程曉《嘲熱客》

晉・程曉

嘲熱客
平生三伏時,道路無行車。
閉門避暑臥,出入不相過。
今世??子,觸熱到人家。
主人聞客來,顰蹙奈此何。
謂當起行去,安坐正?跨。
所説無一急,沓沓吟何多。
疲瘠向之久,甫問君極那。
搖扇臂中疼,流汗正滂沱。
莫謂此小事,亦是人一瑕。
傳戒諸高朋,熱行宜見訶。

(熱客を嘲あざける)
平生 三伏の時,道路 行車 無し。
門を閉し 暑さを避けて臥し,出入 相い過らず。
今世の ??子【だいたいし】,熱に觸れて 人家に到る。
主人 客の來たるを聞き,顰蹙【ひんしゅく】すれども  此れを奈何せん。
謂へらく 當に起行して去くべしと,安坐するに正まさに ?跨【はん こ】。
説く所は 一に急なること無く,沓沓【とうとう】吟ずること何ぞ多き。
疲瘠【ひせき】之れに向うこと久しく,甫【はじめ】て問う:「君極りし那か」と。
扇を搖りうごかせば臂中【ひちゅう】疼く,流汗 正に滂沱【ばうだ】。
謂う莫れ 此れ 小事 なりと,亦た是れ人の一瑕【いつか】。
戒めを傳う 諸高朋に,「熱行 宜しく訶せらるべし」と。

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(暑い時期に熱気を押して来る客人を嘲る。)
ふだん事の夏の最も暑い時期である三伏の時のことである。道を行く車も無い暑い日のことである。 
門番でさえ、暑さを避けるため、門を閉ざして横になって寝ころんでおり、あたりの人も家から出たり、入ったりすることは、どちらもしないのである。 
当世の道理のわからないおべっかするひとは、暑さを侵して、その人の家にやってくる。 
その家の主人は「客が来られた」という使用人の報告を聞くと、眉をしかめながら、来客という事態の発生をどうしようかと思案している。
それから、その家の主人は起き上がって、きちんと応対に行かなければと思うのであるが、それに反して、客は気楽に坐っていて、ちょうど、膝を崩して、楽な姿勢でいる。
客の言うところのことは、一つとして急ぐ事柄ではないばかりか、べちゃくちゃとよくしゃべるのが、何と多いことか。 
やせ細った姿(=主人・作者の姿)で客人に向かうことが長く及び。/つかれうんで、客人に向かうことが長く及び。(主人・作者が)やっと、「あなた(の言いたいこと)は終わりましたか」と問いかけた。 
主人は、団扇で扇あおいでいる二の腕がうずきいたみだし、流れる汗が、まことに大雨か涙のように盛んにこぼれている。
これを些細な事柄と言ってはいけません。これもまた、人の一つのあやまちである。
このいましめを立派な友人がたに伝えたい。暑い時期の訪問は、とがめられて、もっともなことであるということを。 





嘲熱客
(暑い時期に熱気を押して来る客人を嘲る。)
1. 嘲(からかう)。軽蔑してわらう。あざける。 
2. 熱客〔ねっかく〕暑い時期に暑さをおかして訪れてきた客。暑い時期なのに上司を気遣って訪問した客。権勢のある人に媚びる俗人という意味でつかわれる。
3. 程曉 魏〜晋の詩人、文学者。生没年不詳。字は季明。東郡東阿(現・山東省)の人。魏の黄初年間(221年〜226年)に列侯に封ぜられ、後に黄門侍郎、汝南太守となる。代表詩作に傅玄に送った二首の『贈傅休奕』があるが、ほとんどの文章はなくなっている。
韓愈、蘆仝らに影響を与えた詩である。

平生三伏時,道路無行車。
ふだん事の夏の最も暑い時期である三伏の時のことである。道を行く車も無い暑い日のことである。 
4. 平生:ふだん。つね日ごろ。 
5. 三伏 (さんぷく)夏の最も暑い時期。盛夏。夏至後の第三の庚(かのえ)の日を初伏、第四の庚(かのえ)の日を中伏、立秋後の最初の庚(かのえ)の日を末伏といい、この三つをあわせていう。陰気が起ころうとするが陽気に押さえられて出ることができず、蔵伏しているから伏日という。
6. 無行車 暑気のため、行き交う車が無い。

閉門避暑臥,出入不相過。
門番でさえ、暑さを避けるため、門を閉ざして横になって寝ころんでおり、あたりの人も家から出たり、入ったりすることは、どちらもしないのである。 
7. 避暑 暑さを避ける。
8. 出入 ここでは、家から出ることと家に入ることと。
9. 不相過 どちらも通り過ぎない。

今世??子,觸熱到人家。
当世の道理のわからないおべっかするひとは、暑さを侵して、その人の家にやってくる。 
10. 今世 今の世(よ)。当世。 
11. ??子 〔だいたいし〕暑い日に盛装して、青絹を張った夏の日傘をさして、人を訪問する者。ものの事情に通じないうおべっかする人を嘲る言葉。・?? わからず屋。ものの道理がわからない。本来の意は、青絹を張った夏の日傘。
12. 触熱 暑さを侵しての意。・触:犯す。衝く。ふれる。 
13. 人家 他人の家。よその家。

主人聞客來,顰蹙奈此何。
その家の主人は「客が来られた」という使用人の報告を聞くと、眉をしかめながら、来客という事態の発生をどうしようかと思案している。
14. 主人 ここでは、その家の主。作者のこと。
15. 顰蹙 〔ひんしゅく〕眉をしかめる。うれえてたのしまないさま。
16. 奈…何 どうしよう。いかん。=奈何。・奈此何:これをどうしようか。

謂當起行去,安坐正?跨。
それから、その家の主人は起き上がって、きちんと応対に行かなければと思うのであるが、それに反して、客は気楽に坐っていて、ちょうど、膝を崩して、楽な姿勢でいる。
17. 謂 思う。考える。考えるところでは。おもえらく。 
18. 当 あたる。応じる。その時にある。まさに…べし。
19. 起行 発(た)つ。出発する。 ・去:さる。行く。
20. 安坐正?跨 ・安坐:落ち着いてすわる。気楽に座る。静かに座る。何もしないでいる。 ・正:ちょうど。 ・?跨:〔はんこ〕膝を開いて坐る。当時の坐り方。我が国(=日本)のあぐらをかいて坐るようなものか。 ・?:〔まん(はん、ばん)よろめく。ふらふら歩くさま。 ・跨:〔こ〕(足を張って)またぐ。またがる。両足を大きく踏ん張る。「跨」が韻脚(「車過家何跨多那沱瑕訶」で、平水韻下平五歌(多過何沱那訶)、下平六麻(車家瑕))となり平声であるが、「跨」は去声(去声二十二?(跨))であり、押韻するには苦しいものがある。その点、「安坐正恣嗟」は問題がない(平水韻下平六麻(嗟))。 

所説無一急,沓沓吟何多。
客の言うところのことは、一つとして急ぐ事柄ではないばかりか、べちゃくちゃとよくしゃべるのが、何と多いことか。 
21. 所説 言うところのこと。「所-」は動詞の前に置き、動詞の名詞化をする。
22. 無一 一つとして…はない。みな…である。
23. 沓沓 べちゃくちゃよくしゃべる。ことば数の多いさま。しゃべりまくるさま。心のたるんでいるさま。 ・吟:うめく。なげく。うたう。吟じる。鳴く。(平声)。うそぶく。(去声)。 ・何多:何と多いことか。 ・何:何と。感嘆を表す。

疲瘠向之久,甫問君極那。
やせ細った姿(=主人・作者の姿)で客人に向かうことが長く及び。/つかれうんで、客人に向かうことが長く及び。(主人・作者が)やっと、「あなた(の言いたいこと)は終わりましたか」と問いかけた。 
24. 疲瘠 〔ひせき〕やせていること。やせ細(った姿)。作者の姿である。「疲倦」では、「つかれていやになる。つかれうむ。 
25. 向 むかう。動詞。 ・之:これ。客人を指す。 ・久:長い。ひさしい。
26. 甫:〔ふ(ほ)〕はじめて。やっと。 
27. 極:きわまる。尽きる。終わる。 
28. 那:…か。疑問文の文末につけて、語勢を助ける助字。

搖扇臂中疼,流汗正滂沱。
主人は、団扇で扇あおいでいる二の腕がうずきいたみだし、流れる汗が、まことに大雨か涙のように盛んにこぼれている。
29. 揺扇:団扇(うちわ)で扇(あお)ぐ。
30. 臂:〔ひ;bi4●〕ひじ。にのうで。 
31. 疼:うずく。いたむ。ひどくいたむ。
32. 流汗:流れる汗。また、汗を流す。ここは、前者の意。 ・正:ほんとうに。まさに。 
33. 滂沱:〔ばうだ〕涙の盛んにこぼれるさま。大雨が降るさま。

莫謂此小事,亦是人一瑕。
これを些細な事柄と言ってはいけません。これもまた、人の一つのあやまちである。
34. 莫 …なかれ。禁止の表現。
35. 小事 些細(ささい)な事柄。

36. 亦是:(これ)もまた…である。
37. 瑕 きず。玉の傷。あやまち。罪。

傳戒諸高朋,熱行宜見訶。
このいましめを立派な友人がたに伝えたいのは、暑い時期の訪問は、とがめられて、もっともなことであるということをである。 
38. 戒 いましめ。 
39. 諸高朋 立派な友人のみなさまがた。「高-」は敬意を表す接頭語。立派な…。けだかい…。
40. 熱行 暑い時期の外出・訪問。 
41. 宜 …したほうがよい。…するのがよろしい。適当である。もっともである。むべなり。 
42. 見 …られる。受身の表現。
43. 訶 しかる。大声でどなる。責める。とがめる。いかる。